インタビュー解説/慶應義塾大学 國領 二郎教授
特集 特集2 社会生活から国家施策までを支援するICTソリューション
つながる社会が変革をもたらした
ICT:「信頼」が築く顕名経済とは
慶應義塾大学 國領 二郎教授(常任理事)に聞く
聞き手:ITソリューション編集部
いま200年ぶりの大変革時代がきている。それは大量生産や大量販売が築き上げてきた「匿名経済」から、つながりを実現させるために信頼に基づく「顕名経済」に大きく舵が切られたからだ。
ビジネスの世界も、単に販売すればよかった時代から、販売後にきめ細かくメンテナンスする時代に変貌しつつある。
ここでは、国家施策あるいは地方活性化にも大きなインパクトをもたらす新たな経済社会について、慶應義塾大学 総合政策学部教授の國領 二郎氏に聞いた。
ユビキタスやクラウドなどICTですべてのものを“見える化”
ICTは、基本的に情報を運ぶ道具としてとらえられ過去10年間は、「ユビキタス」というキャッチフレーズにおいて、いつでもどこでも情報機器がつながることを目指し発展してきた。
(1)可視性を高めるクラウド
より最近になって、非常に大きなインパクトを与えたものに、「クラウド」があげられる。これによって、これまで数多くの情報機器の中に散在していた情報が「クラウド」上でつながるようになってきたのである。こうした「ユビキタス」と「クラウド」の組合せが社会に与えたインパクトには、極めて大きなものがある。
たとえば流通革命といっても、ショップのレジまでを指していたことがいまや、消費者のスマートフォンや、工場であれば生産現場における機械までをつなぐものとなっている。すなわち、すべてのモノがネットワークにつながり、それらの情報がクラウド上で融合される。このことは、端的に言えば、すべてが見える世界の登場、すなわち“可視性”が高まってきたことを物語っている。
こうしたバックグラウンドのもと、これまではマスでしか見えなかったものが、個々のしかも遠方にいるユーザのニーズまで見えるようになってきた。
(2)広範にユーザを取り込めるビジネス戦略
たとえば、中小規模企業の場合でも、従来は大企業の下請け的なビジネスが主であり限られた顧客しか相手ではなかったものが、自ら広範な観点で直接エンドユーザのニーズまでをも掌握可能となってきた。つまり、今までとは異なりかつ広い範囲のユーザ相手に積極的なビジネス戦略がとれるようになってきているのだ。
たとえば、航空券の入手法も昨今ネット申し込みが可能となり、多くの人たちが直接航空会社に申し込むようになっている。そうなると、旅行会社も従来のようにホテルをあらかじめ確保して交通手段とタイアップしてビジネスするというのでは、すまされないであろう。したがって、旅行会社もエンドユーザの動向をみて、もっと能動的なビジネスを行うことが迫られているのである。
誰とでもつながるネットワーク時代には「信頼」こそが不可欠
―自分のデータを誰に預けられるのか―
(1)重要な「信頼」の役割
SNS(ソーシャルネットワークサービス)の浸透など、ネットワークが「いつ・誰とでも・しかも簡単につながる」ようになった結果、ますます「信頼」の役割が重要性を帯びてきた。
たとえば、車や機械を販売すると、メーカが自動診断機能により、販売したものがどのような使われ方をしているか、稼働状況はどうか、などをモニタリングする。そして、車の場合は燃費が悪くなってくると、関連した部品交換のアドバイスを購入者に連絡してくる、といった形態である。このことは、今後はハードウェアの販売よりも、販売後のメンテナンスにビジネスのウエイトがかかってくるという傾向を予想させる。
(2)今後の経済社会を創る「プラットフォーム」
このとき重要なことは、どのくらいのデータ量を預けられるか、また預けられる相手は誰なのかであろう。とくに車などは、メーカに加えディーラ、部品メーカなどでも関連データの共有が考えられるのだ。
このようなことが購入者側の了解のもと可能になるのは、いわゆるデータを預ける相手が、ざっくばらんにいえば、“胴元”を信ずる場合に限られてくる。
また一方で胴元側は、データを預けてくれた人(購入者側)に対し、利益をもたらさなければならない。そして、この胴元を介してユーザどうし間での情報交換もできるようになる。
実は、この胴元のことを情報のつながりや集約の基盤、すなわち「プラットフォーム」と呼んでいる。図1は、クラウド環境におけるプラットフォームの役割を示したもので、これが信頼に基づき、企業と顧客のつなぎに加えて、顧客どうしのつなぎをも創出する「これからの経済社会」の姿だ。
図1 クラウド環境におけるプラットフォームの役割
200年ぶりの変革
―「顕名経済社会」への道―
(1)匿名経済から「顕名経済」へ
いま、200年ぶりに大きな変革が訪れている。すなわち、19世紀に近代的な産業が立ち上がったとき以来の変化である。それが花開いた20世紀は、大量生産した製品を匿名の相手に向けて売り大量消費する、いわば“売りっぱなし”の文化であった。たとえば、書店で書籍などを購入した際でも、誰が購入したのかわからなかった。
しかし同様のことがいまでは、たとえば電子書籍を購入する場合は、誰が購入したのかわかるだけではなく、購入後その人はどこまで読んでいるのかまでわかってしまうのだ。
このことは、まさに産業における200年ぶりの極めて大きな変革といってよかろう。すべて、プラットフォームやユビキタス、そしてクラウド、さらにSNSなどの台頭がなせる業になる。こうした社会のことを、前記匿名に対して、信頼に基づいて名前を明かすのであるから「顕名経済」と呼ぶ。
(2)企業における絶好のチャンス到来
この200年ぶりの変革期は、日本企業にとっても絶好のチャンス到来といえるのではなかろうか。たとえば、“電球を販売する”というビジネスと、“明かりがついた状態をメンテナンスする”というビジネスがあるとしよう。
これら両ビジネスは明らかに異なることに、気づかれるであろう。前者の場合は、“電球が早く切れてくれないとビジネスにならない”し、後者は“電球を絶対に切らせないことを維持しなければならない”。
これからは、後者のビジネスを中核として発展するのではないか。したがって、きめの細かい品質管理が重要視されてくるはずだ。昔からこのようなビジネスは、エレベータのメンテナンスや航空機のメンテナンスなどで、存在はしていた。しかし、そのためのコストはかなり高かった。しかし、最近はそうしたコストが劇的に下がりつつある。
すなわち、かつてのように定期的にみてまわらなくても、エレベータや航空機自体の品質が向上してきているのである。企業はこうした状況に伴うチャンスを上手にとらえきれるか否かで、ビジネスの命運が決まってくるであろう。
わが国で取り組むべきこと
(1)ベンチャーが果たす人材育成
ベンチャーというと、米シリコンバレーが真っ先に出てくるが、彼の地での発展をみると、先輩が後輩を指導育成するといったプロセスがある。そこには、IPOありM&Aありで、成功した先輩が後輩に投資するなど手をさしのべたり、逆に組織を吸収してビジネス範囲を広げるといったプロセスを経ているようだ。
シリコンバレーのベンチャーは、多くがソフトウエアベンダであり、それこそプラットフォーム上にアプリケーションをつくるようなビジネスであれば、初期は投資額も大きなものでなくてすむ例も少なくない。
わが国は、ITバブルがはじけた後、わが国の経済は冬の時代が長く続いた。しかし昨年あたりから再び、IPOの可能性が出て、M&Aも盛んに行われるなど追い風を感ずるようになってきた。また、起業における成功そして失敗体験も積み重ねられてきている。
これは、まさに起業に際して先輩が後輩を指導育成するサイクルが出来上がってきた、といってよかろう。あとは、この規模感を拡大させることが肝要だ。
(2)地方活性化への取組み
また、地方の活性化に向けた取組みも欠かせない。まずは、地域における基幹産業の生産性および競争力、利益率の向上そして流通面の対策などが前提であろう。
とくに、農業や漁業の生産性向上は不可欠で、人手が不足していても生産性および利益率の向上が重要で国際間競争力を強化させることが望まれる。昨今のICTメーカによる農業のICT化における生産性向上は大きな力になるにちがいない。
(3)国際間の協調性
もう一つ重要なことは、国際間の協調だ。
たとえば、慶應義塾大学の湘南藤沢キャンパス(SFC)は、MIT(マサチューセッツ工科大学)に本部があるW3C(World Wide Web Consortium)と呼ぶWeb標準化のアジア拠点である。世界で取り組む標準化の中で、日本の意見を反映させるべくSFCも積極的に取り組んでいる。グローバルな標準化活動の中で、日本の存在価値を高めるべく、国際チームの中にどう参加していくかは極めて重要だ。
参考文献
1)國領二郎(2013):ソーシャルな資本主義、日本経済新聞出版社