ITソリューション企業総覧2015Web
総論 国際社会経済研究所 松島宏和

総論 国際社会経済研究所 松島宏和

特集 特集1 日本の「モノつくり力」を向上させるICTソリューション

日本の「モノづくり力」を向上させる
ICTソリューションとは


国際社会経済研究所 松島 宏和

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「モノづくり」に貢献するICTの広がり

(1)日本の「モノづくり」はなぜ重要か

 日本の「モノづくり」競争力に対する危機が叫ばれるようになって久しい。ものづくり基盤技術振興基本法が制定されたのが1999年、同法に基づく年次報告(通称「ものづくり白書」)の第1回が公表されたのが2001年であるから、1990年代には既に国レベルにおいても製造業の将来に対する不安が認識されていたことになる。

 ご承知の通り、1990年代は平成バブルが崩壊し、日本の低成長時代の幕開けとなった時期であるが、製造業においては1980年代に大きな問題となった貿易摩擦への対応から生産拠点の海外移転が進み、「一段落した」時期にあたる。もっとも、実際には製造業の海外シフトは1990年代以降も自動車、機械を中心に引き続き進んでいるのだが、貿易摩擦として問題視されなくなってきたのは、1990年代に入り日本の主要輸出品である自動車、電機、機械における貿易黒字の伸びが止まってきたことが大きい。

 図1は日本の「ものづくり」の基幹ともいえる製造業3品目の貿易収支(通関ベース)の推移を追ったものだが、1990年代においては製造業の海外シフト、すなわちグローバル化が製造業の将来に悪影響をもたらさないのかという問題意識が主要なものであり、日本の製造業の競争力そのものについては問題視されていなかったものとみられる。事実、2000年代に入り新興国を中心とした海外経済の成長は日本からの輸出ドライブにつながり、日本経済の成長における外需寄与が比較的大きくなったのだから、問題の所在は局所的、限定的と考えても不思議ではない。

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図1 概況品名別貿易収支の推移(1988~2014年)

 しかし、リーマンショック以降は上記3品目の貿易黒字の低下傾向が止まっていない。特に電機における黒字の縮小は顕著である。これを海外シフト要因や海外経済の低成長だけで説明しようとするのはもはや困難と考えるのはおそらく筆者だけではないだろう。

 日本の製造業の競争力をより精緻に測る手法はいくつもあるが、本稿であえて貿易収支をとりあげたのは、これが日本のGDPや雇用に大きく影響する要因のひとつだからである。労働力の国際流動性がまだまだ低い日本においては、企業レベルの最適解を集合させても国レベルでの活力向上、経済成長につながるとは限らない。どうしても国内に一定レベルの競争力優位の源泉と付加価値ベースを確保しながら進まないといけないのが日本の製造業に課せられた使命のひとつといっても過言ではなかろう。

(2)モノづくりとICTの関係はさらに深化

 日本の製造業における競争力源泉である「モノづくり力」をどう維持・強化させるかという観点で必ずとりあげられる要素のひとつがICTの導入・利用である。しかし、人や部門、業種によって何をICTととらえ、どのような目的でICTを利用するかについての考えはさまざまであろう。そこで、全般的な概念を整理するために「ものづくり白書」各年版に登場したICT利用の主なキーワードを時系列で抽出してみた。

 2000年代前半においては、「CAD」「製造工程へのIT活用」など、設計や製造工程の部分において効率化や生産性向上を図る目的の他に、生産拠点の海外シフトに伴う技能面を中心とした技術/ノウハウ等の消失防止などを主な狙いとした「ナレッジマネジメント」の活用が紹介されている。

 2000年代後半に入ると、ナレッジマネジメントのターゲットをさらに具体化させた「暗黙知の形式知化」に加え、飛躍的に向上したコンピュータの情報処理能力を駆使したスパコンやシミュレーションソフトウェアの利用、生産現場の情報共有化による生産性向上へと広がりをみせてきた。

 しかし、直近3年間で新たに登場したICTのキーワードは「モジュラー設計」「IoT」(Internet of Things)「3Dプリンタ」「ロボットとの協調」であり、これらは2000年代前半/後半におけるICTの利活用概念と全く異なる。すなわち、設計コンセプトや製造・試作工程の考え方を根底から見直し、さらには製造や設計といった従来のICT利活用領域をはるかに超える範囲でもICTを使っていこうという考え方である。

 これは、「グローバル化」に加え「付加価値の二極化」「オープンイノベーション」「デジタル化、モジュール化」という製造業をとりまく環境変化の帰結ととらえることができる。付加価値を産み出すという「モノづくり」の原点に立ち帰れば、付加価値を産み出す製造業内部の工程・ステップの全てをモノづくりの構成要素と考え(つまり「モノづくり」の概念を広げることになる)、その各構成要素、工程・ステップの全体フロー、さらには産業レベルでの全体系までICTを使うことを視野に入れているのが現代の時流である。

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図2 「ものづくり白書」にみる製造業をとりまく環境変化とICT利用の主なキーワード

ICTを使いきれていない日本のモノづくり

(1)日本のICT利活用は周回遅れ

 上述の通り、製造業、モノづくりにおいてICTを利用することのできる範囲は大きく広がりつつある。それに伴い、ICTの利用目的/狙いも多様になっているのだが、日本の企業全般においてそのことを明確に認識し、ICTを武器としてうまく使っているかと訊かれると大きな疑問符がつくのが現状だ。

 図3は企業においてITに対する期待が日米間でどう異なるかの比較結果であるが、米国企業の回答上位4件は全て「新規に何らかの付加価値を産み出すこと(あるいはそのための情報入手をすること)」をITに期待したものであるのに対し、日本企業の回答上位4件のうち1位と3位はそれぞれ業務効率化/コスト削減と業務プロセスのIT化という、いわば従来型の期待が依然として残っている。この調査結果に限らず、ICT利用に対する日本企業の「遅れた」姿勢は以前からのものであり、筆者はこれが日本の製造業を含む企業全般の国際競争力が向上しない大きな要因のひとつとみている。

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図3 ITに対する期待(IT予算が増える理由)の日米比較

(2)モノづくりへの自負が仇になる危険性

 日本企業において長年ICTの利活用が進まない理由としてはいろいろ考えられよう。

① 企業経営の論理として、近年の低成長経済下だと投資意欲が削がれる(ICTになかなか投資が回ってこないケースを含む)

② 企業(ICTのユーザー)側におけるICTに対する知識・理解不足
 
③ ICTベンダーによるユーザーへの啓蒙不足

 ここまではよく指摘されることなのだが、製造業、特にモノづくりに携わる企業においては

④ 自社の競争力源泉は「モノづくり」にあるという自負から、それに直接関係がないと思われる分野への関心が薄い(したがって、ICTの利用にしても直接モノづくりに関連する設計や生産工程などの分野に注目が集まりがちになる)

という傾向がないだろうか。

 モノづくりが強みならば、それをさらに強化することが生き残りの道であるという考え方は間違いではないが、「モノづくり」がカバーする概念を大幅に広げた上でそこにICTという武器を装備していく、というのが現代の流れなのである。つまり、直近の技術進歩をドライバーとして「戦う土俵」を意図的に広げようとしているプレイヤー(プレイヤーは企業の場合もあれば、コンソーシアムや国家の場合もある)が存在することに一刻も早く気づかなくてはいけないのだ。

 土俵が広がれば広がるほど、競争力向上のために考慮すべき項目・パラメータは増え、選択肢も増えるから、ICTが貢献できる出番は増えていく。これは、相対的に日本の「モノづくり」分野の強みを希薄化させる効果を持つ(他にも競争力源泉が出現するから)。さらに、サプライチェーン全体や産業レベルといった大きな範囲での最適化、デザイン構築をしていくのは欧米が得意とし、日本が比較的苦手とする領域である。

 この流れにどう対処していくかを考えなくては日本のモノづくり産業の未来は暗いものになってしまうだろう。
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「日本らしい」ICTの活用法を考える

(1)変化の現実を正確に把握する

 今までの議論をいま一度整理すると以下のようになる。

① 新プレイヤー/ステークホルダーの出現

 モノづくりや製造業の競争力を左右しうるプレイヤーが新たに出現してきた。従来は、競争力を左右するのはそれぞれの企業の自助努力と、企業の立地を支える国家による政策やインフラ等のバックボーンが大きかった。つまり、競争力強化のためにICTのことを考える主体は企業と政府の2つが主であり、両者の役割分担は比較的明確であった。

 しかし、現在では産業レベルを跨ぐイニシアティブを立ち上げ、それに企業や研究機関、各種団体、政府らが参画して企業/産業/国レベルの競争力を全体として引き上げようというスケールの動きがあり、そこにICTをフル活用していこうという考えである。その典型がドイツの「Industry 4.0」である。

② 企業活動におけるICT利用領域の拡大

① の動きに呼応して、モノづくり企業におけるICTの利用領域も広がってきた。当初、モノ づくりに関連するICTの利用といえば、エンジニアリングチェーンにおける設計段階や、生産現場における加工・組立・検査等の工程、すなわち企業からみたサプライチェーンのある部分(図5の破線で囲んだエリア)を強化あるいは効率化していくことを指していた。
 
 しかし、これもサプライチェーン全体、さらには外部との接続/情報共有を視野に入れた全体(図5の一点鎖線で囲んだエリア)にまでICT利用の対象を広げていこうというのが大きな流れである。

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図4 競争力向上のためのICT利用領域の広がり(1)
   ―製造業の競争力構成要素の観点―

(2)まず問題を切り分ける

 それでは、上記2つの大きな流れに対し日本のモノづくり企業はどのように対処していくのがよいのだろうか。

 まず、ICTを利用するといっても図4、図5に記した大きな流れは一企業で対処可能な範囲をはるかに超えているのは自明である。したがって、まず考えなくてはならないのは

① 自社でICTの導入・利用をする予定、あるいは可能性のある項目

② 他のプレイヤーと協力、あるいはコンソーシアムなどの動きに参画し世の中全体の動きに乗り遅れないようにする(そして導入・採用の時期を待つ)項目

の2種類に問題・課題を分けることであろう。当然、①はICT導入・利用の目的が明確化されており、比較的短期的視野に基づくターゲットとなりうる。一方・は現時点ではまだ茫洋とした概念のためICT導入の具体的イメージが湧きにくいが、具体的ソリューションとしていつ登場するかわからないし、モノづくりの工程・プロセスを根底から変える可能性もあるので常に「見張って」おくことが必要であろう(まず本書を読むことがその第一歩である)。

 ただし、ここで「見張る」ことを勧めるのはあくまでモノづくり企業を総体として捉えたレベルの話であって、この最新トレンドに乗って新しいタイプのビジネスを立ち上げる、あるいは生産/設計のプロセスを根底から変えてしまう「イノベーター」「アーリーアダプター」になろうという企業は、先陣を切ってIoT、Industrial Internet(米・GEが提唱)、Industry 4.0などの概念に則ったビジネスとそれに伴い必要となってくるであろうICT導入の検討を始めるべきである。

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図5 競争力向上のためのICT利用領域の広がり(2)
   ―「ものづくり」産業のサプライチェーン/付加価値工程全体の観点―

(3)日本のモノづくり企業の長所と短所

 では、上記①において有望、あるいは効果が大きいとみられるソリューションとしてはどのようなものがあるのだろうか。これは業種や企業ごとにそれぞれ事情が異なるため、これが決定版という明確な解答は存在しない。

 しかし、日本のモノづくり企業の全体傾向はある程度記すことが可能であろう。そこで、一般に日本のモノづくり企業が国際的に優れている点と苦手としている点を洗い出してみることにする。なお、以下の両項目間で内容が重複する部分があるが、ひとつの長所はそのまま短所になるのであえて重複を避けず記載していることをご了解願いたい。

<優れている点>

・設計/製造などの現場レベルにおけるすり合わせ能力の高さ

・現場の経験の積み重ね/エッセンスである暗黙知の存在(他国にマネのできない競争力の源泉)

・設計/加工/組立などの工程における超絶的な技術者(いわゆる「匠」)の存在

・垂直統合モデルをベースとした企業内/企業グループ間の連携力と変動対応力

・蒲田、東大阪に代表されるような中小企業を中心とした独自の企業間ネットワーク(クラスターの形成)

・「安くて良いものを作る」精神の徹底に基づく高品質製品の追求

<苦手とする点>

・標準化、マニュアル化をして汎用性を確保し、ヨコ展開を図ること

・モノづくり=生産現場主導のボトムアップ指向にこだわり、そのため生産現場を超えたレベルにおける全体最適の概念が相対的に希薄

・モノづくり技術の高さを背景とした品質重視の姿勢が、新興国向けなどの製品における価格性能比のスケールと合わない(新興市場への対応不足)

・デジタル化、モジュール化の流れと呼応した製品ライフサイクルの短期化に伴うビジネスモデル(利益を出す算段)の構築対応、スピードが遅い

・ICTを効率化/コスト削減の手段と考える傾向が強く、新規の付加価値を創出するためのツールとして利用しようという概念が希薄

・自社でできる部分とできない部分とを切り分け、できない部分はアウトソースをして全体を構成していくビジネスのやり方

(4)何をターゲットにする?

 ICTの導入・拡充に際しては目的指向の考え方を徹底させることが有効である。

 つまり、

 「どこ(どの部門、機能、工程)にICTを導入・拡充する」

のではなく、

 「ICTを導入・拡充することによって何をしたいのか、どう変えたいのか」

を最初に考え、それを突き詰めることによって必要なアイテムを絞り込み、全体構成を組み立てていく方式である(基本常識ともいえるこの考え方をわざわざここで繰り返すのは、昨今「第4次産業革命」「ビッグデータ」などのいわば殺し文句が巷に氾濫し、バズワード(buzzword)化している気配があるからである。バズワードに踊らされると、いざICTの導入を真剣に考え始めたときに壁に突き当たってしまう愚を犯すことになる)。

 前項で整理した長所と短所をもとに、ICTの導入・拡充の目的を考えてみると

① 長所を伸ばす、強化することによって競争力を高める

② 短所を克服、解消することによって競争力を高める

の2通りに分けることができる。すなわち、日本のモノづくり産業の特性を考慮した「日本らしい」ICTの活用法は大きく2通りに分けられるということだ。

 どちらを採用する、あるいは両者を適度に組み合わせるかは各企業の戦略/方針に基づく。やり方・組み合わせは無限といってよいくらいあるだろう。しかし、新技術、新製品の登場がICTソリューションの選択肢を一変させることがありえるのがこの業界の怖いところなので、一度選択したソリューションと心中するのではなく時間の経過に伴う柔軟性を常に持っておいた方がよいだろう。上述した「見張り」にはこの意味合いも含まれている。

(5)長所を伸ばすソリューション

 日本の長所を伸ばすソリューションを考える際に留意すべき点としては、上述した通り「日本の長所を相対的に希薄化させる」動きの存在である。

 例えば、日本のすり合わせ能力の高さは、製品分野によっては「モジュラー化(ハイブリッド)に基づく製品設計」によってある程度、あるいは完全に代替される可能性がある。また、精巧な金型製作の技術力はこれも製品によっては3Dプリンタによって代替、あるいは凌駕される可能性がある。

 図2において、キーワードの中に「オープン・クローズ戦略」というのが直近登場している。これは、ビジネスを組み立てる際に自社の競争力源泉として内部に留めておく部分と、外部との協力、あるいは他社技術の導入などによって補充/拡充を図る部分とを明確に切り分けることを指すが、ICTの導入に際しても同様の考え方が有効である。

 つまり、ICTを「導入するところ」と「導入しない(できない)ところ」とを切り分け、後者を自社の競争力源泉と位置づけて前者の部分はICTを導入して自社の競争力を徹底的に「尖らせる」ことを目的とするやり方である。上記の3Dプリンタの例でいえば、3Dプリンタによって設計・試作の工程を完全に代替するのではなく、3Dプリンタにできるところはやらせて、その上のレベル、つまり3Dプリンタでもできないような超絶的な技術を「匠」の技術者の力によって達成していく、という考え方である。現場でのすり合わせにおいても、設計/製作上ICTでは代替不可能な部分があり、それが競争力において重要なポイントであるという見極めができれば長所を尖らせるICTの導入は可能であろう。

(6)短所を克服するソリューション

 一方、短所を克服するソリューションは、対象となる分野が膨大なためどこから手をつけてよいか迷うことが多いが、これも目的指向で考えるとある程度わかりやすくなる。

 例えば、設計や製造段階のみにとどまらない全体最適を追求することを目的とするのならば、図5で記したような全社のサプライチェーン、エンジニアリングチェーンをICTを使って可視化し、時間軸も含めたコスト/利益構造を徹底的に分析していくことを通じて問題点の把握、改善点の案出につなげていく手段がある。これは口で言うほどやさしいものではないが、将来的にはこれが自社のみにとどまらず産業レベルにまで広がっていく可能性があるので、導入によるポテンシャルが大きいソリューションのひとつである。

 また、暗黙知は日本のモノづくり産業にとって競争力の源泉だがヨコ展開や応用になじまない、新製品を作る際にはスピードに欠けるといった弱点があるので、「製造に関わる社内ノウハウを汎用化させ、海外拠点での生産や新製品生産の際に適用できるようにする」ことをターゲットにしたソリューションを構築するのもひとつのやり方であろう。

 世間では(4)項の①よりも②に関連する項目、ソリューションの方が新聞・雑誌などで言及される機会が多いように見受けられるが、②はいわば「みんなが飛びつきやすい」ソリューションであるだけに注意が必要である。つまり、競合他社も導入する可能性があるから、そのソリューション自体によって他社からの相対的優位を勝ち取ることができない可能性はある。自社の競争力源泉がどこにあるか(どこにするか)を事前に見極めておかないと、ICTを導入・拡充してもそれが競争力の「決め手」にならず当初期待した効果が上がらない可能性がある。ICTそれ自体が競争力となるケースは、ICTをとりまくシステム全体のコンセプト、ビジネスモデルに先見性、優位性を確保している場合が圧倒的に多い(もちろんこれで勝負することを考えるのもひとつのやり方である)。これはくれぐれも留意しておきたい点である。

 最後に、繰り返しになるが日本の「モノづくり力」を向上させるICTソリューションを編み出すカギは、「モノづくり」の概念を広くとらえ、より広い視野からICTの適用可能性を探索していくことである。本稿が読者の参考になれば幸いである。

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