環境ソリューション企業総覧2014Web
インタビュー 国立環境研究所(NIES) 芦名秀一氏

インタビュー 国立環境研究所(NIES) 芦名秀一氏

特集 特集1 地球温暖化(GLOBAL WARMING)対策の新事情

長期低炭素社会の実現めざして
~日本版2050パスウェイ・
 カリキュレーターの開発~


 

国立環境研究所(NIES)

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芦名秀一主任研究員に聞く

聞き手:環境ソリューション編集部


 長期にわたり現実的な低炭素社会実現をめざすには、エネルギー需要を満たしながらも、CO2など温室効果ガス排出量を削減するための選択肢を多角的に追究していく必要がある。

 独立行政法人国立環境研究所(NIES:National Institute for Environmental Studies)及び公益財団法人地球環境戦略研究機関(IGES:Institute for Global Environmental Strategies)では、そうしたニーズに応えられるよう英国政府及び環境省の支援を受けて「日本版2050パスウェイ・カリキュレーター」(通称:2050低炭素ナビ)を2013年5月から共同開発をすすめてきたが、このほどExcel版及びWeb版を完成させた。

 ここでは、その目的や機能、メリット等に関し、独立行政法人国立環境研究所社会環境システム研究センター持続可能社会システム研究室主任研究員(博士(工学))の芦名秀一氏に聞いた。

英国版2050パスウェイ・カリキュレーターとの出会いがもたらした衝撃

 日本版2050パスウェイ・カリキュレーターの元となるツールは、DECC(Department of Energy and Climate Change:英国エネルギー・気候変動省)が2010年7月に公表した「2050パスウェイ・カリキュレーター」だ。これは低炭素シミュレーション・ツールであり、英国が2050年までに温室効果ガス排出を80%削減するために、エネルギー需要を満たしつつ温室効果ガス排出量を削減するための選択肢を導き出すために開発されたものである。政策立案者を始め学術界、ビジネスセクター、さらには、一般市民でもリサーチできるような容易な操作性により、ディスカッションの場で使いやすくできているのが最大の特長となっている。

 例えば、これまで官公庁や企業、教育機関、あるいは一般市民らが、地球温暖化をどうすれば抑制できるのかについてディスカションする際、石炭火力や原子力、あるいは太陽電池や風力といった再生可能エネルギーなどの使い方について、どれを抑制し、どれを促進させると、CO2排出量がどう変化し、その結果、気温もどれくらい上下するのか、現場でシミュレーションすることは容易ではなかった。

 すなわち、自分であれば現実的に、どのような対策を講ずるか、などの提案材料として容易に利活用できるシミュレーション・ツールが見当たらなかったのである。
 そのような折り、NIESやIGESでは、2050パスウェイ・カリキュレーターの世界的な普及促進をめざしていたDECCのデモを見る機会を得た。当時、このツールのディスカッションの場におけるインタラクティブ性(対話型)や誰にでも容易に使える魅力を目のあたりにし、たちまち虜になってしまうほどの衝撃であったそうだ。

 すなわち、例えば原子力発電をこの程度稼働させた際、CO2がどれくらい排出されるか、逆に全く稼働させないときにどうか、など実に様々なケースをその場でリアルタイムに、手に取るように把握できたのである。

 まさに“渡りに船ですぐにその場でDECC担当者と協議し、日本版の開発に踏み切った”という。同時にDECCからも、全面的なサポートを受けられる旨、約束を取り付けることができた。

2050パスウェイ・カリキュレーターが実現したインタラクティブ性と使いやすさ

 具体例で見てみよう。図1は、総発電電力で原子力発電の占める割合とCO2削減対策の高位(かなり対策)・中位(少し対策)といった強度で、温室効果ガス排出量がどう変化するかの見通しを、NIESを始めとしたAIMチームが立てたものだ。例えば、原子力発電が全発電電力量の15%として温室効果ガス排出量は高位のCO2対策をとった場合の2020年と10年後の2030年の場合が推計されている。そこで、CO2対策が高位のまま原子力発電をゼロとした場合や、逆に原子力発電がそのままで、CO2対策を中位にした場合、あるいは原子力発電を緩めた(使うようにする)場合など、さまざまなケースも推計されている。

 

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図1 温室効果ガス排出量(慎重シナリオのケース)

 しかし重要なのは、こうした様々な組合せケースを、ディスカッションの場でいつでもリアルタイムに試みて表示、参加者全員が参照可能な手段だ。こうした手段はますます政策担当者のみならず実行に移す産業分野、あるいは影響を身近に受ける一般市民までをも含めて必要とされるはずである。そのようなとき、英国版の2050パスウェイ・カリキュレーターのデモに巡り合い、NIESとIGESでは即、日本版2050パスウェイ・カリキュレーター開発にとりかかったのである。

日本版2050パスウェイ・カリキュレーターの開発

 英国版の2050パスウェイ・カリキュレーターには、次の3種類が用意されている。

 第一が、PCでお馴染みExcel版だ。図2の上側がExcel版の表示例である。このエクセルスプレッドシートの中の左側が選択肢で、例えば再生可能エネルギーのみを選択した場合、どのような計算結果になるかが、シートの右側グラフ列に示されている。左列上が、石炭や石油など一次エネルギーの消費量、その下二つのグラフが最終エネルギーで、どの部門でどのようなエネルギーを消費したのかが示されている。中央のグラフは発電量で、右側上がCO2排出量、右側下が対策を行わなかったときの燃料コストあるいは行ったときのコストなどが示されている。Excel版の特徴は、こうした際のすべての計算過程が公開されていることであり、使用者の考えによって計算条件が変更可能になっている点だ。

 

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図2 Excel版及びWeb版の表示例

 また、第二がWeb版だ。これは、Excel版のように、機器の効率を0.55から0.60に変更したり、稼働率を85%に上昇させるというという計算上の条件自体を変更させることは難しいが、予め設定されたデータにおいて、環境状況に応じた計算が容易になっている。図2の下側ウェブツールがそうで、左側が最終エネルギー消費量、中央が一次エネルギー消費量、右側がCO2排出量となっている。Web版は、様々な選択肢の想定、例えば家庭の省エネルギーがどれだけ進むか、や再生可能エネルギーがどれだけ導入されるか、という想定を逐次変えながらディスカッションするのに向いている。

 そして、第三がマイ・カリキュレーターである(図3)。これは、Excel版やWeb版と比べて、極めてわかりやすく作られており、英国や台湾ではすでに開発が進んでいるという。例えば、原子力発電のスケールを上方にスライドさせると、上部のCO2の%がどれくらいになるか、スライド分に応じて変化するといったように、極めて簡単なスライダ操作が利用者の理解を助けてくれる。教育現場の教材などには打ってつけだ。

 

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図3 マイ・カリキュレーター(http://my2050.decc.gov.uk/

 なお、英国版をそのまま日本版として利用することはできない。これは、エネルギーシステムに関する両国の事情の違いが多分にあるからだ。日本は、産業や民生、運輸、発電などの分類になっているが、英国では産業はあるが民生が熱とそれ以外、運輸は隣国が近距離であるため国際間移動に関するものが独立したテリトリであったりするなど、分類や対象に歴然たる違いがある。したがって、英国版を、数字を含めてそのまま使用するには無理があるという。

 いずれにしても、通常のシミュレーション・ソフトの場合は、直接グラフ表示ができないが、2050パスウェイ・カリキュレーターの場合は、それが可能といったインタラクティブ性を備えているのだ。このたびの日本版ではまず、下記Excel版及びWeb版の二つが用意されている。
http://www.2050-low-carbon-navi.jp/
http://www.2050-low-carbon-navi.jp/web/jp/index.html

理論上の排出CO2ゼロの世界は

 脱原発及び再生可能エネルギーに関して主に触れてきたが、もちろん他分野のシミュレーションも2050パスウェイ・カリキュレーターでは対応可能だ。

 例えば、車の内燃機関がEV(Electric Vehicle:電気自動車)やFCEV(Fuel Cell Electric Vehicle:燃料電池自動車)に変わった場合の排出CO2の状況が予測できる。図4(a)がほぼすべて内燃機関のケース、図4(b)がEVやFCEVの比重が高まった際のケースだ。ここで言えることは、EVやFCEVに移行しただけではCO2はそれほど削減できないことを物語っている。

 

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図4 自動車のケース。(a)がすべて内燃機関のケースであり(b)がEVやFCEVの比重が高まったケース

 また、机上の理論かもしれないが、日本のCO2がゼロになるとき、どのような条件が必要かをみると、現実にはありえず、すべての削減の対策条件を盛り込んでようやく1980年比約80%分の削減が可能、という予測値がWeb版では算出された(図5)。Excel版であれば、80%を超えたもう少し細かな予測ができるかもしれない。

 

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図5 CO2ゼロのケースは

 2050パスウェイ・カリキュレーターは、これまでのシミュレーション・ツールからみれば、透明性及び利便性が極めて高いツールであり、今後数十年間にエネルギーシステムがどのように進化する可能性があるのか、そしてそれが排出量を始めエネルギー安全保障、土地利用、電力システム、エネルギー資源開発、コスト等に、どう影響してくるのかに解を与えてくれる。重要なことは、温暖化対策には、原子力発電を止めてしまうことがすべてではないし、再生可能エネルギーがすべてでもない、はたまた省エネだけで事が足りるわけでもない。こうした対策のバランスをどうとっていくか、だ。このことを2050パスウェイ・カリキュレーターは物語っている。

 いまこのカリキュレーターは、中国やインド、韓国、ベルギー(ワロン地域)、南アフリカ、台湾などで開発されるとともに、タイやインドネシアなど英国及び日本以外でも開発がすすめられている。

 NIESやIGESでは、わが国でさまざまな分野の人たちが使ってみてその結果をフィードバックし、さらにアップデートしていけるように取り組んでいるところだ。

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